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   私の歩んだ道
 1944年(昭和19年1月15日)長崎県佐世保市相浦町で10人兄弟の5番目(男4人。女6人)として生まれる。
 父は戦時中軍艦「足柄」「二見」に乗っていたということだったが、戦争の話をほとんど聞いた事がなかったような気がする。。                 父が残した昭和12年5月12日の「日記」には、「本日.英皇帝陛下の御戴冠式。。。午後0時礼砲分隊点検の位置に整列。万歳三唱とあるので、当時イギリスに行ったのは、事実である。話を聞けなかったのが今では、本当に残念である。
 終戦後 昭代村役場、合併後 柳川市役所に勤務。

 子どもの頃は、3反歩の田んぼがあったので、殆ど土曜、日曜は農作業の手伝いをしていたことを想いだす。母がムシロを織っていたので、ミミ取り、縄ないをしていた。

 伝習館高校卒業後、味の素(株)九州工場に入り、執行委員、教宣副部長、中央委員などをやり「組合員の生活向上」「戦争と貧乏のない世の中を」作るため20歳で日本共産党に入党する。

     23歳で結婚(古賀姓から梅崎姓へ)

 33歳で一身上の都合により退社し、家業の農業を継ぐ。
 34歳で柳川市農業委員に当選現在10期(30年目)。 新しい農業分野として「ビニールハウスによるトマト。ナス栽培」を先駆者として取り組む。
 子供会会長。PTA会長。ナス部会長等を歴任する。
 平成5年柳川市議会議員補欠選挙に立候補当選
 平成17年大和町、三橋町合併
 平成18年合併後初の市議会議員選挙にて当選
     文教厚生常任委員 
     柳川市農業委員
     大川、柳川衛生組合「筑水園」議長